批評  
渡辺哲也(映像演出家)
「1人称のカメラワークドキュメンタリーの成果」
母と祖母、そして作者。女ばかり三世代三人暮らしの作者が、癌の母を看取るまでのおよそ5年あまりの記録。いくつものエピソードが章立てられ、時系列に沿って展開する。

作者は手持ちカメラで、日常の、そして病院の母を撮り続ける。それが作者のこだわるこの映画のルールだ。何故なら、カメラが写し撮るのは、見ること、見られることから生まれる関係性そのものだからだ。

この映画の場合、母に向けられた手持ちカメラの映像は、母を見つめる作者の視線。そして、見返すほほ笑みや、ちょっとおどけたVサイン。カメラ目線の母のショットは、娘に向ける母の眼差しそのものだ。

一回限りの人生、終焉を意識した母と娘の親密な時間が綴られていく。娘はカメラを向けることで母を励まし、母は明るく応えることで娘を励ます。

だが一方で、カメラはもうひとつの系を写しとる。天候、風景、花や虫。自然にかかわるこれらの映像から見えてくるのは、循環する時間。病とはかかわりなく季節は巡り、草木は生長を繰り返す。何回もでてくる家庭菜園、台所での調理、そして食卓。循環する時間の中で、人は多くの生き物と生を共有している。

この映画が、シリアスなテーマを扱いながらも暗い印象を免れているのは、作者の意識が周囲の自然にも向けられているからだ。感情の表現として、あるいはモノローグの背景として、自然のショットが随所にでてくる。考えぬかれ構成されたそれらが、この映画の表現力を豊かなものにしている。

一回性を生きるしかない個の生命と、受け継がれ循環する永遠の生命。両者が対置されることで、悲しみは感情的なものから、宇宙(コスモス)的なものへと変容する。

一人称のカメラワーク。個別性に徹した表現が、透明な悲しみ、という普遍的な世界を結晶させた。ドキュメンタリーの成果だ。

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2005年山形国際ドキュメンタリー映画際・小川伸介賞・国際映画批評家連盟賞 受賞     
2005年ナント三大陸映画祭ドキュメンタリー部門最高賞(金の気球賞) 受賞
     
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